Byung-Ho Jeong
Korea University
About the Lab
Professor Byung-Ho Jeong's research focuses on colonial-era Korean-Japanese literary exchanges, particularly the development and ideological underpinnings of Japanese-language literature in Korea during the early 20th century. His work examines how Japanese literary magazines, translations, and poetic forms such as *waka* and *rengay* functioned as instruments of cultural imperialism, while also exploring the complex identities of writers in the colonial context. He investigates the role of literature in constructing colonial discourse, promoting Japanese cultural superiority, and shaping perceptions of Korea within the Japanese imperial imagination.
Research Overview
Research Output Trend
Figures are computed from collected data and may differ slightly.
Selected Papers
15本論文は1900初年代の日本語文学、その中で当時韓国で刊行された日本語経済雑誌『朝鮮(満韓)之実業』・総合雑誌『朝鮮』の文芸欄を検討したものである。それで、この文芸欄はこの雑誌の刊行目的と大きく関わっている当時のコロニアル言説とどう関わっているのか、当時韓国内日本人社会における役割は何なのか、その文芸欄における韓国物の持つ意味は何なのかを分析し、近代初期日本の植民地化が進みつつあった韓国内の日本語文学の性格とその特徴を考察した。近代初期韓国で日本語文学の拡散を図っていた人たちは韓国日本語文学に対してその文学の生産・消費の主体である在韓日本人社会の堕落と悪弊を啓蒙・救済する役割を、さらに文学を介した日本人社会の優越的な文化共同体を築くこという役割を期待していた。また、韓国独自の「文学」「美術」が存在していないという論理や韓国に日本語や日本文学を「移植」「培養」すべきだという主張は、初期日本語文学の持つ植民地主義的特徴をよく呈していると言える。当時日本語雑誌の文芸欄で韓国的素材を広く取り入れ朝鮮文学を積極的に紹介・翻訳したことも帝国主義的日本文学の自己同一性と繋がっており、植民地の知の獲得
本論文は、1990年代に入ってから日本と韓国で本格的に研究されるようになった日本植民地時代における朝鮮半島の<日本語文学>の全体像とこれまでの研究傾向とそれぞれの問題意識を検討し、これからの研究課題を提示することがその目的である。本論文では朝鮮半島の植民地日本語文学を、日韓併合に至るまでの1900初年代、1910年代と20年代、1930年代、1940年代の太平洋戦争期と言った、四つの時期に弁えて考察したのだが、この区分からも分かるように朝鮮半島には長い時期に渡って多くの日本語文学が展開されていた。またその日本語文学は日本語新聞․雑誌における文学、日本人による、または韓国人による文学、朝鮮半島の中だけではなく日本に渡った韓国人の日本語文学など様々な形を取っていた。このような日本語文学は日本の場合は1990年代から「外地」日本語文学という名で韓国の場合は2000年前後から「二重言語」文学という名で盛んに研究されてきた。この研究は今まで一国中心的な国文学研究の慣習のせいで日本文学、韓国文学という枠組みの中で研究されていなかった分野に光を当ててその有り様を探った功績は至大ともいえよう。この植民
本論文は1920年代から1940年代にかけて、朝鮮半島で刊行された短歌と俳句の専門雑誌や単行本を調査研究したものである。これら歌集と句集及び歌誌と俳誌の種類と特徴、主要な歌人と俳人、さらにこのような日本の伝統的な短詩型文学に関連する文献を朝鮮半島で刊行した目的と、その文献の主な内容など、このジャンルの全貌を捉えようとした。短歌の方は、日本から渡鮮してきた有力歌人たちによって、すでに1920年代にいくつかの歌集や『真人』という歌誌が発行されていた。1930代にはモダニズム系列の破格短歌まで登場し、多様な短歌が創作されたことと推測できる。俳句の方も1920年代から、ホトトギス派の俳誌は全国で発行されはじめ、1930年代には新興俳句派と石楠派も加わり、朝鮮の地方色を表わすために競合していたことがわかる。1930年代の歌壇と俳壇の活況ぶりは多様な性格をもつ歌集と句集の出現からも推察できるが、やがて日中戦争、太平洋戦争期に入り、半島の歌壇と俳壇もその影響をうけ、それぞれ国民詩歌連盟と朝鮮俳句作家協会に統合され活動も限られるようになった。本論文で調査したものは短歌雑誌4種、歌集22種、俳句雑誌3種
이 논문은 한국과 일본의 문학번역사에서 거의 논하지 않았던 1910년 전후 조선문예의 일본어 번역물을 대상으로 하여 번역자의 번역의도를 당시 한반도 내 <일본어문학>과 관련지워 분석한 것이다. 1920년대가 되면 일본에서 조선문학의 대량번역이 기획되지만 이미 조선문예의 일본어 번역은 1910년 전후 우스다 잔운(薄田斬雲)의 『암흑의 조선(暗黒なる朝鮮)』(1908) 내의 ‘조선총화’ 및 ‘조선의 가요’, 다카하시 도루(高橋享)의 『조선 이야기집(朝鮮の物語集)』(1910), 호소이 하지메(細井肇)의 『조선문화사론(朝鮮文化史論)』(1911)의 ‘제8편 반도의 패사소설’, 그리고 일본어잡지 『조선(朝鮮)』(1908-11) 문예란 등을 통해 활발하게 전개된다. 이들 번역의 특징은 첫째 번역대상이 문자매체인지 구전설화인지에 따라 원문 및 번역인식에 차이를 보이고 있다. 둘째, 1910년 전후 조선 문예물의 번역을 추진하게 한 커다란 동인은 민족의 사회사상과 이상이 내포된 문학의 번역을 통해 조
本論文は1902年から1906年まで朝鮮半島で発行した在朝日本人による雑誌『韓国交通会誌』と『韓半島』における小説、短歌、俳句などの文芸物を通し、日露戦争を前後し朝鮮半島で創作された日本語文学を分析したものである。『韓国交通会誌』と『韓半島』における日本語文学は次のような特性があると見られる。まず、植民地文学の最もの特徴である朝鮮半島という空間性を強調し、現地の地名、人物、事件などを前景化させ、朝鮮的な歌枕を積極的に取り入れることにより、その後の日本語雑誌『朝鮮』の<文芸>欄、及び1910年代の日本語文学の中心課題である朝鮮現地の風物と在朝日本人の暮しをどのようにテーマ化するかという問題意識をいち早く具現しようとしたところである。次は、小説ジャンルでは1900~20年の在朝日本人や日本語文学をめぐる社会的・文化的・文学的な言説の主要な課題であった郭と在朝日本人の堕落の問題を作品の中心に位置づけている点である。それから、短歌や俳句などの伝統的な韻文ジャンルでは、植民地主義に照応し朝鮮(人)に対する差別的な目線と、大陸へ雄飛する日本人像が描かれているが、場合によっては朝鮮半島に移住した在朝
本論文は、韓半島の <日本語文学>研究の中でもっとも不毛地といえる1910年代の日本語文学の特称を考察したものである。この時期、韓半島で発表された日本語作品を『朝鮮及満州』(京城 : 朝鮮雑誌社, 1912.1-)の文芸欄を中心に考察し、1910年代日本語文学の論理とその内容的変容を検討することで1910年代韓半島における日本語文学の全貌を明らかにしようとした。 1910年代『朝鮮及満州』を中心として考察した日本語文学の特徴は次の通りである。(1)文学に対する真摯な評論が試みられており、文学を始めとして植民地朝鮮におけるあらゆる文化芸術分野の定着と展開過程、現況などを纏めている。(2)韓国文学のありのままの紹介。(3)植民地朝鮮を具体的に形像化し現地の在朝日本人たちを描いた作品の創作が主張されており、文芸欄もこの動きを反映し朝鮮そのものを素材とした多くの作品が書かれている。(4)この作品は当時幅広く議論された堕落した在朝日本人像をテーマとした場合が多い。また雑誌名の変更とともに在満州の作家や満州を背景とした作品も増えているのが確認できた。このような側面から1910年代『朝鮮及満州』の文
Response of the Japaneses Rresidents’s Media in Joseon about the March 1st Movement and 1919’s Japanese-Language Literature This study investigated the characteristics of Japanese literatures about the March 1st Movement to examined how Japanese magazines published by Japanese people recorded the March 1st Movement in colonized Joseon. There have been various discussions about the March 1st Movement in Korean modern literature and the studies on Japanese literature, whereas there has been no s
本論文は、日本植民地時代の初期李光洙と安廓の朝鮮文学(史)論を対象にし、この文学(史)論に一貫している「漢文学」や「中国思想」に対する対応論理を<日本文学史>や日本のコロニアル․ディスクールとの関わりの中から考察したものである。それによって、この朝鮮文学(史)論は中国思想や西洋の新思想をいかに表象しているのか、そのコンテキストともいえる<日本文学史>及び日本のコロニアル․ディスクールとの差はどこにあるのかを明らかにしようとした。 近代国民国家の形成期における<文学史>の編纂は近代国民国家のイデオロギーに照応しナショナル․アイデンティティの構築という役割を果たそうとした。日本の場合は一八九〇年代の前半には西洋(文学)や漢字、漢文学に対して排除の戦略をとおして自国文明の優秀性を論理化しようとしたが、1890年代後半に至るとこの西洋(文学)や漢字、漢文学を包容する立場を取るようになる。 しかし、韓国の場合は文学史をとおして「民族精神」「民族思想」を鼓吹しようとしたのだが、その方法論においては主に中国思想や漢文の崇拝という「事大主義」に対する自己批判に集中されていたといえる。ここで注目されるの
이 연구는 한국의 세월호침몰사고와 3.11 동일본대지진을 둘러싼 재난문학을 비교분석한 것이다. 특히, 본 논문에서는 주로 재난시를 중심으로 하여 이들 거대재난을 인식하고 해석하기 위해 과거의 어떠한 경험과 재난을 통해 이들 사건을 바라보고 있는지에 초점을 두고 분석하였다. 3.11 동일본대지진과 세월호 침몰참사를 그리는 재난문학에서 이 처참한 재난을 인식하고 이를 설명하기 위해 유추하고 소환하는 과거의 기억은 다른 길을 걸어온 두 나라의 현대사만큼이나 상이한 것이었다. 먼저, 일본의 재난시집에서 3.11 동일본대지진을 설명하고 이를 비유할 수 있는 과거의 기억은 주로 태평양전쟁 시기 전쟁상황과 공습의 처참한 광경이나 이전에 경험한 자연재해 등이었지만, 특히 주목을 끌고 있는 것은 원자폭탄의 피폭이라는 기억의 소환이었다. 그러나 한국의 세월호사건을 테마로 한 재난문학에서 소환되는 과거의 기억은 한국현대사에 새겨져 있는 다양한 정치적 사건, 예를 들면 제주도의 4.3항쟁, 부정선거와 이
今まで一九二〇年代在朝日本人たちの日本語文学は朝鮮半島における植民地日本語文学の研究の中でもっとも等閑視された時期にあたる。それで、本論文は一九二〇年代『朝鮮及満州』の文芸欄に焦点を当て、一九二〇年代在朝日本人たちの日本語文学の特徴と方向性を考察したものである。雑誌『朝鮮及満州』とともに、朝鮮半島でもっとも長く刊行された日本語雑誌『朝鮮公論』の文芸言説をみると、そこには「内地」日本の「中央文壇」とは弁別される「朝鮮文壇」の形成に対する強い欲望が表われている。しかし、植民地朝鮮で「内地」日本の「中央文壇」とは異なる朝鮮の風物․生活に根差している独自的な「朝鮮文壇」を築き上げようとする試みは、『朝鮮及満州』の文芸言説をみるとすでに一九一〇年代によく議論された認識であった。したがって、本論文では一九二〇年代の日本語文学のもっとも大きな特徴は、そのような「朝鮮文壇」形成への熱意というよりも登場人物の広闊な空間移動․当時の歴史的な出来事に対する敏感な反応と作品化․大正デモクラシーといった雰囲気の反映にあると結論付けている。実際、一九二〇年代『朝鮮及満州』に掲載された小説を分析すると、当時第一次世
本研究は朝鮮で<南洋>を素材とした日本語詩の南洋表象の問題、体制に協力的な朝鮮人知識人の<南洋>言説、また当時朝鮮半島で政治的·経済的·学問的イデオロギー生産に中心的役割を担当していた在朝日本人により刊行された日本語雑誌の<南洋>言説を分析したものである。それで従来取り扱われて来なかった在朝日本人と植民地朝鮮の知識人の言説の流通過程と<南洋>を巡った共通の認識を明らかにし植民地文学研究の新しい項目の設定を試みようとした。日中戦争を経て太平洋戦争が勃発し大東亜共栄圏建設、内鮮一体のスローガンが広まる中で、この国策に照応する形で朝鮮人の日本語文学が大量創作される。特に当時国策プロパガンダの役割を果した詩ジャンルでは戦争の当為性を主張する多様な内容の作品が書かれる。この時期<南洋>を画いた詩もこのような内容を内面化しながらも<南洋>の「原住民」に対する差別的な表象をとおして彼等を他者化しており、<南洋>の資源に対する高い関心が中心テーマとなっている。このような朝鮮の<南洋>詩や<南洋>言説を見ると当時<南洋>表象の特徴は、国策に協力的な朝鮮人作家·知識人が被植民地人でありながらも新たな植民地
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